森の生活「ジャウルー川、バハンキーニョの日々」その一


1993年3月、ブラジル北部ベレーン市郊外85kmの農園から旅が始まった。

ポルトガル語もろくに話せない世間知らずの22歳の俺は、一年間の熱帯果樹栽培の農園生活に別れを告げ、3200km離れたパンタナールへ向かった。

長距離バスを3つ乗り継ぎ、三日かけて着いた町はブラジル中西部マット・グロッソ州カーセレス。パンタナールを形成する主要河川、パラグアイ川上流に隣接する人口7万人ほどの田舎町。ボリビア国境までわずか100kmの辺境の地。

小さなバスターミナルは旅立つ人達で賑わっていた。バスから降りて、冷たい水で喉を潤していると後から聞きなれた母国語で声がかかる。

「あなた、Nさん、長旅おつかれさま・・・・。」

と流暢な日本語で話しかけてくる白髪の日系人男性Kさんがそこにいた。お互い日本語で簡単な挨拶を済ませ、二人でタクシーに乗り込む。バスターミナルから5分程度でパラグアイ川ほとりの船着場に着いた。Kさんは船着場の連中にポルトガル語で俺を紹介し始め、労働者諸君は、そのまま8mの頼りないアルミボートに大量の荷物を積み込み始めた。

「Nさん、バハンキーニョ(小屋)まではこのボートで3時間くらいかかるからね。途中、止まらないからトイレだけは済ませといて・・・・ま、男だからもようしたら船からすればいいし・・・・そろそろ荷物の積み上げも終わるから出ようか。」

「え、3時間もかかるんですか??2時間かからないと聞いていましたが・・・・。」

「それは空のボートでの時間で、これだけ荷物積んだら時間はかかります。途中のショートカットが倒木で通れなくなれば、もっとかかるよ。」

とKさんは平然と説明してくれた。ま、ここまでくれば1、2時間の差もあまり意味がないように思えた。

Kさんは、ボート最後尾の40馬力船外機のハンドルをにぎり、たくみに操作しタバコを吹かしながら飄々としている。頼りない木の葉のような小さなボートは大河に吐き出され、俺は眼前に広がるパラグアイ川を眺め、荷物に埋もれながら「凄いところに来たな〜〜。」とただ驚愕し、「思えば遠くに来たもんだ〜」を口ずさんだ。

船着場を出たのが夕方4時過ぎ、時間は刻々と流れていく。抜けるような青空はいつのまにかオレンジ色に染まり、ボートは爆音を撒き散らしながら鏡のような水面を走り続ける。3月のパンタナールは雨期の終わりでパラグアイ川の水位は最高で、本流の水は支流や川辺林に氾濫し、いくつもの水路ができる。Kさんはその同じような水路を選びながら森を縫うようにボートを進めていく。

行けども行けども水の世界・・・・途中の水路が倒木の枝で塞がれて通れない。Kさんはおもむろに刃渡り80cmの山刀を俺に差し出し、

「Nさん、その枝なぎ倒してくれる?」

「あ、これですか?全部倒していいですか?」

「出来るんだったらやって・・・・。」

「このおやじ、俺を試してやがる・・・・俺はアマゾンの森で一年間、斧と山刀を使って雑木伐採を全部手作業してきたんだよ、この程度はどうってことないのさ・・・・」

と心のつぶやきは全く出さずに、あくまでも素人のようにお上品に枝をはらう。

「Nさん、上手じゃない。どこで覚えたの?」

など馬鹿にしたような口調でお褒めの言葉をいただき、難なく水路を通過しパラグアイ川を2時間ばかり下り、ようやく支流のジャウルー川に入る。川幅は急に狭くなり蛇行が激しい。薄暗い中をおやじは慎重に運転していく。支流を遡ること約一時間、前方に灯りが見え始め、ボートは速度を落とした。もうあたりは真っ暗、漆黒の闇夜である。 

そして、一言心の中で呟いた。

「おいおい、これからこの道を一人で運転するのか?!」

つづく

by サル 2006年7月

 

 

 

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