




ブラジル人の友人の子供の誕生パーティーに潜入した。中流の家庭の子供のパーティーだ。
ブラジルでは、子供の誕生日のパーティーをかなり派手に開く習慣がある。子供の思い出のためというのもあるのだろうが、Familyの実力を誇示する場所でもあるのかもしれない。
パーティーの一切をアレンジする業者が沢山あって、お菓子やMini遊園地、はてはピエロやぬいぐるみ、バンド、お土産、ケーキ、食事まで何でも用意する。子供と遊ぶオネーサンもお金さえだせば来てくれる。
貧しい家庭の子供はモチロンこの写真のようなパーティーは開いてもらえない。きわめて質素なものである。
誕生日もなにもやってもらえない子供もブラジルではたくさんいる。その差は目のくらむほど。
でも子供たちがそれをネタにひねくれたり、親を脅したりということをあまり聞かない。貧しい家庭の子どもたちは、諦めることに慣れているのだろう。
去年日本でヒットし賞を総ナメにした「Always 三丁目の夕日」という映画をDVDで見た。
「貧乏であることが恥ずかしくない時代」
の日本が描かれていた。この映画に描かれている時代のあと、東京オリンピックを迎え、日本は高度成長期にはいる。バブルが崩壊する1990年まで続いた。
日本はこの間に「金持ちがカッコよく」「貧乏はカッコわるい」国になってしまった。
ブラジルはまだ「貧乏であることが恥ずかしくもカッコわるくもない」国である。

by フェリックス 2006年7月 |